人身うけがたし

2011年07月27日

 森信三さんは、『修身教授録』の中の「人間と生まれて」という講義で次のように述べています。

 しかるに現代の人々は、自分が人身を与えられたことに対して、深い感謝の念を持つ人ははなはだ少ないようであります。仏教には「人身うけがたし」というような言葉が昔から行われているのです。つまり昔の人たちは、自分が人間として生をこの世に受けたことに対して、衷心から感謝したものであります。
 事実それは、この「人身うけがたし」という言葉のもつ響きの中にこもっていると思うのです。しかるに、自分がこの世の中へ人間として生れた来たことに対して、なんら感謝の念がないということは、つまり自らの生活に対する真剣さが薄らいで来た何よりの証拠とも言えましょう。

                    森信三 『修身教授録』より引用


 恥ずかしながら「人身うけがたし」という言葉を初めて知りました。
 
 ネットで調べてみると、「三帰依文」という、お釈迦様を敬い、仏教を大切にする誓いの言葉として大変よく知られているようです。

 「修身教授録」が講義された昭和10年代は戦争の緊張感が高まっていた時代です。

 もしも私がその頃高校生だったなら、将来、戦争へ出ていくことは誇りだと思っていたでしょうが、内心、恐れでもあったはずです。

 そんなピリピリした時代でさえも、森さんは、現代の人々は人間として生れて来たことへの感謝がない、生活に対する真剣さが薄らいでいる、と嘆いておられるのです。
 
 いまはどうでしょう?

 いまは戦争はありませんが、日本はかつてない大変な国難を受けています。

 そこで、どのくらいの真剣さで生きているのか。

 私は「人身うけがたし」という言葉さえ知りませんでした。
 
 自分の生き方をよく考え直したいことです。「人身うけがたし」という言葉を知って、そんな思いをもちました。

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 参考文献:『修身教授録』 森信三 (致知出版社)
 

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