死を恐れるのは人間の本能である。だが、死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れたほうがいい。人はいつも死に直面している。それだけに生は尊い。そしてそれだけに、与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。それを考えるのがすなわち死の準備である。そしてそれが生の準備となるのである。
松下幸之助『道をひらく』より引用
今年の夏は大変な猛暑で、体調を崩されている方には本当に厳しい毎日でございます。どうかお大事になさってくださいませ。
この夏、いくつかの訃報を受け、弔問させて頂きました。また、新盆にも十件ほどのお宅にお邪魔いたしました。
ご遺族にお悔みを述べ、お位牌やお写真を拝見すると、この方とはこういうことがあったなあ・・・こういう話をお聴きしたなあ・・・と様々な思い出が蘇ってきました。
現実にあったことは、昨日のことのように鮮明に思いだせるのに、もう二度と体験することのできない思い出になってしまったのです。
逝かれてしまったということなんだなあ・・・亡くなる前には、どんな思いをされていたのだろう・・・としみじみ想像しておりました。
松下幸之助さんは、死の準備は、それすなわち生の準備であるとおっしゃっています。
私には死の準備など、遠いことのように考えてしまっていますが、実は、これからこうしよう、ああしようと、人生の計画を立てていることこそが死への準備にほかならない、とおっしゃっているのです。
日々の生活や仕事をするということが、死へ進む準備をしているということ・・・
考えておきたいことです。

参考文献:『道をひらく』 松下幸之助 (PHP研究所)
Hitoshi Yonezu at 10:00
| 松下幸之助