叱られる

2010年05月14日

 ものの道理について真剣に叱る、また真剣に叱られるということは、人情を越えた人間としての一つの大事なつとめではあるまいか。叱られてこそ人間の真の値打ちが出てくるのである。叱り、叱られることにも、おたがいに真剣でありたい。
  
                        松下幸之助『道をひらく』より引用


 
 会社の社長という立場にいると、お客さまに叱られることは別として、社内において仕事のことで叱られることはほとんどなくなっていく。部下が上司である社長を叱る、ということは普通はありえないからだ。

 だから、社外の友人や、コンサルタントの先生など、本当のことを言ってくださる方は、本当にありがたい存在なのだ。こういう人がいないと、社長という人物は、裸の王様になってしまう恐れがある。
 
 私はかつて、ある先生から「社員をもっと叱りなさい!」と叱られたことがあった。

 それまでの私は、社員に対して少々甘かった。自分では叱っているつもりだったが、見る人から見たら、ただの優しい社長だったのだ。
 社員や会社のことを真剣に思うなら、真剣に叱って、間違ったことは許さず、つめていかねばならない。

 松下幸之助さんは、叱ることを「人情をこえた人間としての一つの大事なつとめであるまいか」とおっしゃっている。

 情をかけて、叱ることを躊躇していたら、人間としてのつとめを果たさないことになる。

 私も、叱られたからこそ気づきがあった。
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  参考文献:『道をひらく』 松下幸之助 (PHP研究所)
 

 Hitoshi Yonezu at 10:00  | Comments(2) | 松下幸之助

この記事へのコメント

マリリン |2010年05月16日 15:23

こんにちは
私も良くりようしんに怒られたり注意去れたりしますよ。
仕事でもそうです。仕事やってる人おばさん手抜きして、人の所罪被して怒られます。おばさんが悪いのにね

米津仁志米津仁志 |2010年05月17日 17:59

マリリンさま

コメントありがとうございます。

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