今日の社会と組織では、ますます多くの人が、技能ではなく知識によって働く。知識と技能には基本的な違いがある。技能はあまり変化しない。知識は変化する。自らを陳腐化させる。しかも急速に陳腐化させる。三、四年ごとに学校に戻らなければ時代遅れになる。
『ドラッカー 365の金言』1月25日の節より引用
ビジネスパーソンが三、四年ごとに学校に戻るのは、我が国では現実的に難しいですし、学校に戻ればよいのか?という問題もありますが、常に勉強を続けて、自らを再生していかなければならないというのは、まさにそのとおりでありましょう。
私も20代の後半に、仕事をしながら、大学院へ入って勉強をしました。
仕事に役立つ最新知識を学びたかったわけではなくて、それからの人生にずっと必要であろう、物事を進めるうえでの論理的思考や、戦略的思考を学びたかったのです。
面接をした教授からは何のために大学院に入りたいのかとしつこく聞かれましたが、そういう理由しかありませんでした。
ですから、あえて、仕事に役立ちそうなMBAや経営学のコースなどは選ばず、普通の大学院で、ミクロ経済学や労働経済学、計量経済学などを改めて学んで、賃金格差についてアカデミックな修士論文を書きました。
そのとき、大学を卒業してから5年が経っていましたが、大学で学んだ経済学がずいぶん古くなっていたことに驚いたものです。
今はそれからまたさらに10年以上が経っていますから、私の経済理論の知識はそうとう錆びついていると思います。
分からないことがあれば、ときどき古い教科書をもちだしては調べておりますが、経済学の教科書は日進月歩ですから、その教科書自体が陳腐化しています。
ただ、私は経済学者ではありませんから、経済学の最先端を知る必要はありません。
今まで学んできた論理を根柢とし、最新の経済や経営の情報をとりいれて、自分なりに予測をして、進むべき方向性を判断できればいいわけです。
その意味では、大学院へ行ったことは無駄ではなかったといえます。
いまでは、企業の代表者として、前に広がっていることが大問題ですから、好きな経済理論の勉強をする余裕があまりありません。
それよりも、経営を学んだり、現場を見たり、生き方を学んだりすることのほうが優先です。
いずれにいたしましても、ドラッカーの言うように、現代、ほとんどの人は知識労働者であり、知識によって働かねばならないことに間違いはありません。
私は友人たちを誘って勉強する機会を出来る限りつくるように心がけています。

駅弁を売っている方も立派な知識労働者になりえるのです。この本を参考にしてください。
『1年で駅弁売上を5000万円アップさせたパート主婦が明かす奇跡のサービス』 三浦由紀江 (ダイヤモンド社)
この本に関する私のブログ:『カリスマ駅弁販売員の本』
http://highlyeffective.naganoblog.jp/e376312.html
参考文献:『ドラッカー 365の金言』 P.F.ドラッカー (ダイヤモンド社)
Hitoshi Yonezu at 10:00
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