毎朝、ジューサーでジュースをつくっている。必ず入れているものはりんご、人参、レモン、しょうがである。朝食はそのジュースだけである。出張していたり、起きることが出来ないくらいの二日酔い(滅多にないが)でない限り、欠かすことのない習慣である。
日記を読み返してみたら、朝食を自家製ジュースに切り替えたのは2004年11月28日だった。もう4年近く続けていることになる。その前日まで、私の朝食はフルーツだった。その季節のいろいろなフルーツを食べていた。よく食べたフルーツはオレンジ、パイナップル、スイカ、桃、メロン、ぶどう、梨、柿、りんごなどである。
フルーツだけの朝食はその年の3月頃から始めたはずだと思うのだが、日記には記録がなかった。フルーツだけの朝食も人から見れば変わっていると思われるだろうが、それは胃痛を治すために始めた事だった。私は職業柄、社内で急に料理の味見を頼まれたり、視察のために一日に何度も外食をしなくてはいけなかったり、お客様とのお付き合いで、二次会三次会とはしごをしなくてはならなかったり、とにかく食べすぎ飲みすぎだったのである。
食べすぎ飲みすぎということは胃を酷使しているということであり、それが胃痛の原因になっていたと思う。本当は、一食抜いて何も食べなければ胃を休めることになるのだが、そうするとその足りない分を、一日のどこかで補充してしまうだろう。せめて朝だけは胃に負担の少ないフルーツにしようと思ったのである。(なぜフルーツが胃にやさしいかの説明は長くなるので、また別の機会に)
フルーツが胃にやさしいなら、ジュースはフルーツや野菜を小さく砕いているのだからもっと胃にやさしいはずである。りんごと人参でつくった生ジュースが特に体によいという話は以前から知っており、やってみようと思ってはいたのだが、ジューサーでジュースをつくるということの踏ん切りがつかなかった。ジュースにするということは、残菜が多量に出るわけで、最終的にはそれを捨てることになる。それがもったいなくて、贅沢なことのような気がしていたのである。特に亡妻がそう感じていたようだった。だから、生ジュースをつくることは申し訳なくて出来なかったのだ。
私としては、病気の妻に対してよいことをしてあげるなら残菜が出ようがかまわないだろうという思いがあったし、フルーツの種類によっては体が冷えるということが自分の体験で分かってきた。そこで、ようやく自家製生ジュースをつくろうと決心したのである。妻はしばらくの間、人参の残菜を使って人参ケーキをつくってくれた。それはそれでとてもおいしかった。しかし、毎日大量に出来る人参ケーキをすべて食べきることは出来なかった。そのうちに自家製の生ジュースの素晴らしさが分かるようになると、残菜の無駄はあまり感じなくなってきた。私は胃痛も冷えもなくなり、快調になった。妻も病に効きそうだと喜んで飲んでいた。
この4年間の間に、生活は夫婦二人暮らしから、男一人暮らしに変わったが、最初から自分でつくっているので、つくるということでは何の変化もない。二人分を作っていたときの量は変えずに、少量だが仏前の分は別にとって、残りは一人で全て飲んでいる。
実は毎朝約1リットルのジュースを作っているのである。素材は出来る限り新鮮なものを、手に入るなら有機や無農薬のものを選んでいる。例えば昨日の朝(今朝は大阪出張中)は、人参3本、りんご3個、レモン1個、しょうが少々の基本に加え、ゴーヤを3分の1と、青梗菜を5葉を加えた。これで約一リットルになる。雑食で大食いの私にとってただ一つの健康食である。
Hitoshi Yonezu at 07:16
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