『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』を読んで

2013年10月04日

 金子智朗さんのご著書『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』を拝読いたしました。

 金子さんは東京大学工学部卒業後、東京大学大学院工学系修士課程を修了され、日本航空、プライスウォーターハウスクーパース等を経て、独立されました。現在はブライトワイズコンサルティング合同会社の代表社員として、経営コンサルティング、企業研修、講演、執筆活動で活躍されています。

 この本は10月29に開催されるビジネス読書会の課題図書です。5月17日に銀行主催の勉強会で金子さんのご講演をお聞きし、大変興味をもちました。そのときに一緒に参加した友人がたまたまこの本を選んでくれました。
 
 私にとってのこの本の中の最高の一文は次の部分です。

 しかし、誰もが知る合理的な分析手法に従って考えている限り、行き着く答えは似通ったものになる。教科書の公式にただ数字を当てはめて計算しているなら、なおさらだ。「投資すべき」という結論も、「投資すべきでない」という結論も、だいたい皆同じになってしまう。
 これでは他人と違うことなどできない。皆、よかれと思って行っている合理的判断が差別化を阻害しているのである。

   『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』 p19より引用

 
 ある投資案件を検討しているときにこの文章を読んで、自分はまさにこれだなあ、と思ってしまいました。
 投資収益率をどんなに計算しても優等生的な答えしか出てこないわけで、投資の判断は計算とは違う次元だと感じるのです。

 では金子さんの「合理性を超える」とはどういうことなのでしょうか。

 合理的な分析結果を鵜呑みにするのでなければ、無視するのでもない。それを踏まえた上で、あらためて自分の頭と、そして心で最終判断を下すのである。合理性を無視するのではなく、合理性を超えるのだ。

    『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』 p20より引用


 「心で判断を下す」という言葉が出てきましたが、そうでもしない限り、人と違う判断はできないのだろうと思います。

 内部統制については次のように述べておられます。

 内部統制は、日本においては2009年3月期から制度化された。それから一躍脚光を浴びるようになったが、実は内部統制という概念自体は古い。制度化されたということの意味は監査対象になったということだ。
 監査対象になったことで、内部統制が形式的なものになってしまった面がある。
        
     『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』 p104より引用


 形式的になった内部統制がもたらす弊害は次のようなものです。

 そこでは、「面白いから」「ワクワクするから」という理由は理由にはならない。
 それが理由にならないなら、面白いこともワクワクすることもできない。その結果、当たり障りのないことばかりやるようになる。仕事は面白くなくなり、会社そのものもつまらない会社になってしまう。
 これは内部統制の弊害というよりも、内部統制が監査対象になったことによる弊害だ。

    『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』 p105より引用

 
 さらに厳しく続きます。

 幸い、2011年4月から内部統制報告制度は相当簡素化された。ついでに望むらくは、内部統制は監査対象から外したらどうだろうか。監査対象になっている限り、会社は形式的な証拠集めに付き合わなければならない。そんなことに多くの時間を取られるのはおよそ生産的とはいえない。

   『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』 p259より引用


 金子さんの指摘は示唆に富んだものです。

 みなさまもぜひご一読くださいませ。

  


 参考文献:『合理性を超えた先にイノベーションは生まれる』 金子智朗 (クロスメディア・パブリッシング)
 

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