山々の緑も雨に打たれて色濃くなってまいりました。みなさまいかがお過ごしでございましょうか。
日ごろは大変お世話になっております。誠にありがとうございます。
さて、私もときにはイライラすることがあるのですが、いったいどういうときだろう、と考えてみました。
思い浮かべてみますと、自分ではしないことをする人や自分とは枠組みが違うと感じる人と接触したときです。
他人と関わりにおいて心が揺れていたわけですが、こんなことを打ち明けますと私の底が割れてしまいますね。
人間の器を決めるものとは何でしょうか。銀座まるかん創設者で納税額日本一の実業家、斎藤一人さんはご著書『器』のなかで次のような逸話を紹介されています。
その昔、豊臣秀吉の飼っていた鶴が逃げ出すという事件がありました。そのとき、鶴の世話をしていた人は、打ち首か、切腹を言い渡されることを覚悟していました。
そこへ秀吉が来て、「その鶴は外国まで飛んで逃げたのか?」と聞きます。それに対してその世話をしていた人は、「飼っていた鶴だから、外国までは飛んで行けないと思います」と答えました。それをきいた秀吉は、「日本にいるならウチにいるのと同じだ」と言ったのです。それでもちろん、その世話をしていた人が何か罰を受けるということもありませんでした。
斎藤一人、柴村恵美子著 『器』より引用
日本を自分のウチと考える・・・さすが秀吉です。私にはとてもこの発想は出てきません。秀吉と比べて、いかに私の器が小さいことでしょうか。
斎藤一人さんは、器を大きくすることついて次のように述べています。
それで、人間の器を大きくするためにはどうすればいいんですかっていうと、結局は“上気元”でいることなんですよね。つまり、自分の機嫌を自分でとって、常に上気元でいる。そして、自分の元気という気も、常に上を目指して上げていくのです。
斎藤一人、柴村恵美子著 『器』より引用
斎藤さんによれば「上気元」というのは、「機嫌がよくて、気持ちが上であること」です。「上機嫌」ではなくあえて「上気元」と書くそうです。
だから、「自分は人としての器を大きくするために、上気元でいる修行をしているんだ」という意思を、いつも持てばいいんです。
斎藤一人、柴村恵美子著 『器』より引用
人生とは、他人を何とかしようとすることではなく、自分が上気元でいる修行だと思うことができれば、すべては自分の考え方、生き方次第ということになります。そうであれば、いくらでもやりようはあります。
この原稿は、薫風が気持ちよいある日のお昼にオープンカフェで執筆しております。
さきほどから、大はしゃぎする喫煙の若いカップルに両側をはさまれてしまいました。
私は上気元の修行中ですから、この状況は気になりません。にぎやかで楽しいですし、二種類の紫煙の香りをかぐことができました(笑)。
末筆となりますが、皆さま方のご多幸を心よりお祈りいたします。今月もどうぞよろしくお願いいたします。暑くなってまいりますので、どうかお身体ご自愛くださいませ。

参考文献:『器』 斎藤一人 柴村恵美子 (サンマーク出版)
Hitoshi Yonezu at 10:00
| ささやタイムズ記事