相手を理解するために

Hitoshi Yonezu

2010年04月29日 10:21

 話をしているとき、ほとんどの人は、理解しようとして聞いているのではなく、答えようとして聞いているのだ。話しているか、話す準備をしているか、二つにひとつである。聞いている話をすべて、自分のパラダイムというフィルターを通して、自分の自叙伝を相手の生活に映し出しているだけである。

                      『7つの習慣』より引用

 
 この文章に初めて出会ったとき、私にとっては衝撃的で、「こりゃあ自分のことを言われているなあー」と反省したのを覚えている。

 その頃の私は、人の話を聞くふりをしながら、頭の中では、「次に何を話してやろうか」ということばかりを考えていた。

 何か相談を受けても、

 「その話は、自分の体験では・・・」
 「自分にもそういうことがあったぞ、あの時は・・・」
 「そのパターンはこうやればうまくいくはずだ・・・」

 というように、自分のパラダイムの中で、自分の自叙伝の中で、何か教えてやろう、という態度で話を聞いていた。

 つまり、聞いていたのでなく、話す準備をしていたことになる。

 しかし、相手の方は、話を聞いてほしかったのだ。

 何の偏見もない状態で、何の準備もしないでいいから、ただ純粋に、話を聞いてほしかったのだ。

 このことに気づかされて、「聞く」が「聴く」になり、やがて、「傾聴する」という言葉の意味が理解できるようになってきた。
 
 参考文献:『7つの習慣』 スティーブン・R・コヴィー (キングベアー出版)
 

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