尚友とは?

Hitoshi Yonezu

2011年12月25日 10:00

 昨日は森信三さんの『修身教授録』から「人を知る標準」をご紹介しました。

 参考ブログ:「人を知る標準」 
 http://highlyeffective.naganoblog.jp/e902513.html

 今日は、同じ講義で述べられていました「尚友」をご紹介いたします。そもそも昨日引用した部分も今日引用する部分も、第10講「尚友」という章にあります。

 「尚友」とは「しょうゆう」と読むそうです。聞き慣れない言葉ですね。私は読み方さえ知りませんでした。どんな意味なのでしょうか。

 森さんは次のように説明されています。

 これは友を尚ぶ(たっとぶ)という意味で、この言葉は読書と並べて、古来「読書、尚友」というふうに使われている言葉であります。

 (中略)

 すなわちその友人が、道の上からは、自分より一歩ないし数歩をすすめており、したがって自分は、その友において大いに尊敬すべきものと認めるという時、初めて友を尚ぶとなるわけです。

 (中略)

 かくして今友人関係において、真に尊敬するに足る友人とは、結局は道の上の友人ということでしょう。したがって道の上の友ということになると、結局は師を共にする場合が多いと言えましょう。つまり同門の友というわけです。

                   森信三 『修身教授録』より引用


 
 論語の「朋遠方より来るあり。亦楽しからずや」の朋も「同門の友」のことなのだそうです。

 私はいくつかの勉強会に参加していますが、同じ先生について学んでいると、話は通じやすいです。

 「こういうことは分かっているはずだ」「これは同じ考え方だろう」と意識や学びを共有出来ているからです。机を並べて学んだ友には信頼感や安心感があります。

 政治経済や経営などの話題が出ると「○○だもんね」と共通用語を出してはうなずき合うことが出来ます。

 気楽につきあえる人、一緒に遊びにいける人は、それはそれでとてもありがたい楽しい友人たちです。

 古臭いかもしれませんが、「では、尚友は?」という面からも友人を見つめてみたいと思います。

 

 参考文献:『修身教授録』 森信三 (致知出版社)
 

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