従業員の仕事

Hitoshi Yonezu

2013年07月29日 10:00

 ドラッカーの『現代の経営(上)』より引用いたします。

 人の成長ないし発展とは、何に対して貢献するかを人が自ら決められるようになることである。しかし、われわれは、通常、一般従業員を経営管理者と区別し、彼らを自分や他の人の仕事についての決定に責任もなければ関与もせず、指示されたとおりに働く者として定義する。ということは、一般従業員を物的資源と同じように見、企業への寄与に関しても機械的な法則の下にあるものと考えていることを意味する。これは重大な誤りである。

                『現代の経営(上)』 p16より引用


 『現代の経営』は1954年(昭和29年)に書かれています。

 ドラッカーがここで述べている内容は、いまだに古くなっていません。

 一般従業員の仕事はますます複雑化し、見えずらくなっているというのに、いまだに従業員を全体でとらえてしまうことがあります。

 ドラッカーは続けて次のように述べています。

 しかしこの誤りは、従業員の仕事の定義に原因があるのではない。むしろ、従業員の行うことの多くがマネジメント的な要素を含み、うまくマネジメントするならば、きわめて生産的な仕事にすることができるという事実を見逃しているところに原因がある。要するに、企業を企業たらしめるものはマネジメントであるという事実に変わりはないのである。

              『現代の経営(上)』 p16より引用



 いまでは一般社員の行うほとんどの仕事にマネジメントを活用できる要素が含まれています。

 同じ電話をかけるのでも、第一声でうれしくなってしまう企業と、第一声を聞いただけで気分が悪くなる企業があるのはなぜでしょう?

 電話をとる仕事でも、配送する仕事でも、掃除をする仕事でも、そこにマネジメント的な発想をもつ者がいるかどうかで成果に大きな差異が生まれています。

 一般の社員やパート、アルバイトには、いまだに機械的に仕事をして勤務時間を漫然と満たして嬉々として帰って行くような人もいると聞きます。非常にもったいないことです。 

 社会全体の利益のために、企業は成果をあげなくてはならず、そのためにはマネジメントが必要です。 

 個人にはセルフマネジメントが求められています。

  


 参考文献:
 『現代の経営[上]』 P.F.ドラッカー (ダイヤモンド社)
 

 『現代の経営[下]』 P.F.ドラッカー (ダイヤモンド社) 
 

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